感謝

午前中に散歩に出たら、
なんだかんだと夕暮れまで遊んでいます。

道路の割れ目をじーーーーーっと見たり。
車のタイヤの違いをじーーーっと見たり。

疲れたらずーっと寝てたり。

こどもが寝たら寝て。
こどもが起きたら起きて。

食べたいときに食べて、
食べたいものを食べて。

育児書はあまり読まないようにしていて、
頭を空っぽにして、
基本的には「まっ、いっか、なんとかなるさ」で、
こどもを感じるようにしています。

すっごく自由なこどもと過ごしていると、
自分も頭が柔らかくなります。
こどもの時代をもう一度体感させてもらってます。

笑って、泣いて、怒って、楽しくて、疲れて、喜んで。

私、生きてきて、
ほんとうに良かった。

足して割って交ぜて引いて

いろんな食のありかた
いろんな衣のありかた
いろんな住のありかた
いろんな音のありかた
いろんな色のありかた
いろんな心のありかた
いろんな体のありかた
いろんな宗教観
いろんな人生観
いろんな在り方

わたしは、いろんな人やモノに触れることが好きです。
わたしは、それらの気に入ったところを留めて、
そして、それをオリジナルブレンドにして、
自分の中に落とし込みます。

その落とし込んだものは、
「絶対」としてではなくて、
「ふんわり」としていて、
いつでも変わってしまっていいもの。
いつでも変えてもいいもの。
いつでも自由。

 

そうは思っていても、
正解はないのに、
いつも自分は何かに苦しんでいました。

それを振り払うために、
生きることを楽しむために、
模索しながら生きてました。

 

そして最近は、
そんな自分を、
「それでいいじゃん」と思ったら、

ラクニナリマシタ。
オモシロクナリマシタ。

好きなはなし 2

「自然農編 その2」

自然農を本業にしようとしている、
いろんな人に誘われるがままに、
各所を訪ねたり、講座なんかにも顔を出している頃。
私は何をしたいのか分からない高校生でしたが、
何かの刺激になればと参加していました。
(学校が休みの日は、
神戸駅の高架下の路上で手描きのポストカードなど売ってはいましたが、
絵の道に進むかは分からなかったころです)

ある日、福岡さんというお爺ちゃんにお会いしました。
泥団子というものを作る講座?
いろんな種を混ぜた土のお団子で、
緑化事業を成功された方のようでした。
(あとから、すごい人だと知りました)

そのとき、
「土地にあった種が成長する」
「どの種が成長するか分からないから、いろんな種を団子にして巻く」と。
これも面白いな〜と思ったのですが。

なにより面白いと思ったのが、
「日本のスイカの種でも、中国の砂漠で成長したときに違う色だったりする」
という話。
(聞いただけで、本当にそうなのか調べたわけではないのですが)

同じ素材が、成長する場所で、姿が変わるなんて!
それはきっと人にも言えることだろうと思いました。
過ごす場所で、人は変わり得る。
過ごす場所が、その人を作る。

私は、どこに根をはるんだろう??と思いつつ。
でも、いいお話だな〜と思いました。

「神経の可塑性」みたいな話は、
今でも好きです。

自分の気持ちに正直に

 

「あっ、なんか私、無理してる」と感じて、
ブログをお休みしてましたww

 

現在の私は、「子育て休暇」という名のもと、
真っ白なスケジュールに喜びを感じて、
気ままに過ごして、
自分の生きる鋭気を養っている最中です。
そうさせてもらえる状況に感謝感謝です。

20代はガムシャラに頑張っていました。
やりたいことも、やってみたいことも山盛りあって、
どんどんやって、チャレンジして。
失敗なんてことよりも、やってみることの満足感が楽しくて。
寝る間を惜しんで、なにかをしてました。

そんな私は、いつからか無理もし始めて、
心身がいつしか疲れきっていたように思います。

 

そこで出産を機に、30代を休んでみて感じたのですが。

休んでいると、少し不安になるということ。
のんびり生きることが悪いことな気がするということ。

人は、失敗しながら努力して、成功する人を賞賛する。
一方で、
何もしてないと、「怠けている」「失敗をこわがっている」
みたいに思われるのか、なぜかアドバイスをくれたりする。

ただ、「のんびり気ままに生きる」ことを選択しただけなのに、
なぜ逃げていると思われるのだろう。。。
と思うことは少しありました。

 

子育てしながら働くママも居ていいし、
子育てに専念する人も居ていい。
がんばる人が居ていいし、
がんばらない人も居ていい。

それは、そのひとの、考え方と、感じ方と、
その人のタイミングと選択なんだと思います。

どんな選択をしても、優しく見守られると嬉しくなるな〜と、
しみじみ感じる日々です。

自分に優しく、
人に優しく。

(そして絵の表現にも優しさを)

エイエイオー!!
ゴロゴロゴローン!!

好きなはなし 1

「自然農編 その1」

高校生の頃、土日の休みに、
赤目自然農塾に通ってみる機会がありました。
(16年くらい前なので、自然農が若者に流行る少し前ですが。)

農業が絶対したい!というわけでもなかったのですが、
市販されているものが体に合わない体質だったのもあり、
自然農という方法や、その農園の自然のさま、
そこに勉強しに来ている人たちが、いつもの高校生活とは違っていて、
なんだか新鮮で、居心地がよく感じていたのを覚えています。

いろんな生き方、考え方に触れる中で、
私には好きな話いくつかあります。

「キウイの話」

淡路島の農園さんで、
果樹をやりたくて色々な種を撒いたけど、
どうにもキウイがうまくいかない。
そこで、あきらめかけていたところ、
歩いている時に、道端にポロリと種が落ちたらしく、
そこでキウイがグングン成長した。というお話。

頭で考えて、こうしたい、ああしよう!と思っても、うまくいかない時。
なんだかフッとうまくいく。

種が芽をだすのは、意外な場所だったりするということ。

自分が芽を出す場所は、まだ見つかって居ないけれど。
きっとあるんだ!と思えて、嬉しかったお話です。

ジャクテン

「弱いからこそ」

もともと?そんなに強くありません。
むしろ弱い。

肌も弱いし、
どこかしら痛いところがあったり、
メンタル的にも「うつ」を経てからは、
その心の弱さとも一緒に付き合ってる感じです。

だからこそ、
出来ることがあると思っています。

だからこそ、
弱いままでやってます。

自分にも
人にも
表現も
優しくあれたらと。

※はたから見ると、強そうに見えるらしいんで。。。
強がってるんですかね?わたし?
そこはまだまだ分かりません。

絵を飾るところがある家

「大きい絵」

大きな絵を描くのが好きです。
ものすごい集中力を使うので、
描いては、休んで、描いては、休んで。になるのですが。
ワクワクします。

こどもたちと、わーっと描いた20mの壁画とか。
手伝ってもらったり、1人で描いた10mの壁や看板とか。
描き終えた時は、マラソン大会を走り終えたときの爽快感があります。

作品でも、100号(長辺が1m60cm)とか、
120号(長辺が1m80cm)あたりが、
描くのにウキウキするサイズです。

とはいえ、そんな大きな絵を描く機会は少ないですし、
大きいだけで郵送や納品するのも一苦労で、コストもとても高いです。
なので今は、小さい絵でウキウキしようキャンペーン中です。

いつか、何枚も大きなキャンバスを並べて、
それを同時に描ける広いアトリエで、
好きなように描けたなら、
いいな〜と思います。

どうやってそうなるのかは、
私にも分かりませんけど。ね。

日本の家が、もっともっと、大きな絵画を飾るのを前提に、
建築&デザインして下さったらな〜と思います。
飾るところがそもそも存在するから、
作品を家に飾ろう。みたいな。
「大きな絵を飾る家」が宣伝文句になる日が来たりして??

あ〜。そうなるといいな〜。

路上販売の出会い

「16年前のこと」

高校生のころ、
神戸駅の高架下でポストカードを売っていました。
上京した後は、しばらく表参道でも販売してました。
(表参道ヒルズが出来る前の、同潤会だったころです。)

何のためかといえば、
お小遣い稼ぎというより、
人と話すのが楽しかったことが大きいと思います。

隣でお店を出してる人と話をしたり、
立ち止まってくれた人、
買ってくれた人、
一期一会な出会いが、
私にキッカケを沢山くれました。

当時、「どうなりたいの?」と聞いてくれた人に、
「病院を楽しい場所にする絵を描きたい」と言ったら、
(↑パッチ・アダムスという映画を観て影響されていたのもあって、、)
たまたまその人がお医者さんで、
「楽しみにしてるよ」と言ってくれました。
知らない方の、たった一言ですが、
今でも嬉しいコトバです。

それからコツコツ、
今は神戸の助産院に作品を置いて頂けています。
カフェや、宿、などの人の集まる場にも置いて頂けています。

人が好き。描くのも好き。
ありがたいことです。

覚悟

「今の気持ち 2」

こどもを
「ありのまま」
受け入れるということ

自分を
「ありのまま」
受け入れるということ

それには覚悟がいる
ということに
今さら気づいた

周りの人の「ものさし」で
子どもや自分を評価されるときに
胸をはっていられる強さを
グラグラしない軸を
持ちたいと思う。

白紙な日々

「今の気持ち」

予定がいっぱいなことが
嬉しかった20代
家にほとんど居ない日々

アルバイト
ボランティア
個展やイベント

なんでも「絵」が関わることなら
自分のためになるなら
誰かが喜んでくれるなら
なんでもする!と火がついていた頃
もありますが

そしてカラダを壊し。。。

出産という機会を人生で頂いたことをキッカケに
何も予定がないことに
感動を覚えています

こどもが中心の生活とはいえ
自分が家でこんなに過ごせるんだ!?
という衝撃の事実と

朝起きて
「今日なにをしよう?」「なにしたい?」
そう思える時間の居心地が良すぎて

予定も白紙なら
自分の人生も白紙になって
30代の私は1から出直し中な気がしています。